株式会社日本M&Aセンター 分林 保弘

Guest Profile

分林 保弘(わけばやし・やすひろ)

1943年生まれ。立命館大学経営学部卒。日本オリベッティ入社、同社会計事務所担当マネージャーを経て、91年日本M&Aセンター設立、翌年代表取締役社長に就任。「会計事務所」「地域金融機関」「商工会議所」等の情報をマッチングするプラットホームの概念を提唱し、中小企業M&Aの社会的意義を理念として確立。2006年10月に東証マザーズ上場、翌年には東証一部上場を果たす。日本における中堅中小企業のM&Aの第一人者として活躍中。10年より東京商工会議所議員も務める。

特集「20~40代の経営者が会社を売り始めた理由」

1.20年後には中小企業の65%に後継者がいなくなる

 中小企業の後継者難の背景には人口減少という問題があります。私が日本M&Aセンターを設立した前年、90年の出生率は女性1人あたり1・4人でした。仮に男女半々とすると男性は0・7人です。そのうち事業を継ぐのは半数とすると0・35人で、ここから「20年後には中小企業の65%に後継者がいなくなる」と予想。事業承継問題が年々深刻化していくだろうと考えていました。

2.事業承継対策のM&Aはもっと増える

 この20年前の予想はほぼ的中したようです。帝国データバンクが昨年12月26日に発表したデータによると調査対象の40万8954社のうち、65・9%が後継者不在でした。おおよそ3社に2社は後継者が決まっていないというわけです。
 65歳という年齢は、経営者にとって後継者対策を実行に移さなければいけない時期。かくいう私も65歳を機に会長に就任しました。団塊世代が今年から65歳を迎え始める「2012年問題」によって、事業承継を目的としたM&Aは今後もっと増えると思われます。

3.会社を売却して現金に換え次のステップへ

こうしたなか、最近変わった傾向のM&Aが増え始めています。後継者問題に悩む年齢ではない20~40歳代の経営者が会社を売却するというケースです。代表的な事例を二つ紹介しましょう。
 一つは、09年7月に成立した「売り手㈱ビーネットと、買い手㈱シナジーマーケティング」によるM&Aです。
 ビーネットは、卸売サイト「未来問屋」の運営などを通じて、ドロップシッピング(ネットショップが在庫を持たずに顧客へ商品を届けること)をサポートする会社。当時の売上高は約8億円、中川輝社長は26歳でした。当時は数千のクライアントを持ち、事業は順調に拡大していました。しかし、商材選定や仕入先との交渉、システムメンテナンスに至るまで一人で対応していたため、業務はパンク寸前。M&Aによって業務の組織的運営やシステムの強化、事業拡大への体制構築を図りたいというニーズがありました。
 一方、JASDAQに上場しているシナジーマーケティングはCRM(顧客関係管理)に関するシステムコンサルティングなどを行なう会社です。ネットショップへのCRMサービス提供や流通分野への進出など、高い相乗効果が期待できることからM&Aを決断。当時の売上高は約16億円でした。
 M&A後も中川社長は2年ほど社長を務め、業務を引き継いだ後に退任。現在は香港で新たなビジネスに挑戦しています。
 中川社長は数億円の創業者利益を得ましたが、このように会社のさらなる拡大と発展のために売却して、次のステップに進むというケースは欧米では当たり前。日本でも今後、こうしたスタイルのM&Aが増えていくことでしょう。

4.会社の売却後に社長業を続けるケースも

 もう一つは、昨年1月に成立した「売り手㈱まいづる(下関市)と、買い手㈱あつみ(豊橋市)」。売り手の社長がM&A後も引き続き社長を務めているケースです。
 まいづるは、国内産とらふぐの加工販売会社。通販会社など優良な取引先を持ち、堅実経営を続けてきましたが、宇都宮鶴喜社長(当時・40歳代半ば)は会社のさらなる発展のためにM&Aを決断しました。
 一方、あつみは、うなぎの加工販売・飲食店を展開する会社です。久保田隆之社長は、両社の扱う商材の繁忙時季が異なること(ふぐ→冬、うなぎ→夏)に加え、宇都宮社長と経営方針が一致したこともM&Aを決断した理由として挙げています。
 このM&Aによって宇都宮社長は、創業者利益と債務保証の解除、全従業員の雇用継続、売上げ・利益の増加という恩恵を享受しました。さらに、社長業を続けることができ、経営に関する相談相手ができたことも大きなメリットだったと思います。

5.経営者人生の最後に倒産は最悪のパターン

 これら二つの成功例のように会社を売却せず、経営をズルズルと続けた場合、全財産を失ってしまうリスクがあります。先日相談に訪れた72歳の社長もそうでした。社長の要望は「自分はどうなってもいいが、社員に退職金と子どもに多少の生活費は残したい」というものでした。しかし、5期連続赤字で資金繰りは滞っています。
 おそらくこの社長も40年近くはいい暮らしを送ってきたのでしょう。しかし、経営者人生の最後に倒産してしまうと、一般に担保の家屋や個人資産は取られ、残るのは公的年金だけという最悪のパターンが待ち受けています。
 実は、戦後設立された会社で長期にわたって繁栄を続けている会社はごくわずかです。言うまでもなく、経営にはさまざまなリスクがつきもの。会社を創業して経営を続け、死ぬときまで本当に幸せでいられるかどうかは誰にもわかりません。だからこそ、先の事例のように、いったん会社を売却して財産を確保し、そのうえで新たなビジネスに挑戦する、あるいはそのまま社長業を引き受けるという選択肢も検討してみる価値があるのではないでしょうか。

6.財務諸表が信頼感を大きく左右する

 では、M&Aを成功させるにはどうすればよいか。売り手の重要なポイントとなるのが「財務諸表」です。決算書に不備があると、買い手の信頼を大きく損なってしまいます。
 以前、「当社の在庫は決算書では3億円ですが、本当は6億円あります。そのぶん高く評価してください」という会社がありました。しかし、このまま買い取ることはできません。買い手の脱税になってしまうからです。
 M&Aでは当然、買い手の監査法人(公認会計士)が売り手の会社をプロの眼でしっかり調査しますから、財務諸表に粉飾や不備があるとすぐにバレてしまいます。そうなると、買い手に不信感が募り、M&Aが失敗に終わるケースも少なくありません。
 そうならないためにも、当社のようなM&A専門会社を活用されることをお勧めします。もちろん、どの会社でも税理士が決算書を作成しているわけですが、M&Aや上場を意識しているわけではないので、やはり漏れが多いのも事実。当社では仲介依頼があった場合、財務諸表を精査するとともに、経営者にヒアリングし、より適正な財務諸表に作り直しています。
「取れそうもない売掛金や長期貸付金がある」「退職金の引き当て不足」「売上規模が小さい」といったベンチャー企業も、ぜひご相談ください。きっとお力になれるはずです。

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